瀬尾の世の中浪漫紀行

瀬尾の恥ずかしい駄文をくすくす皆様が覗くBlog

アクション映画における爽快さとは?【ビバリーヒルズコップ3編】

こんにちは瀬尾です。

幼少期の頃の瀬尾の中での金曜ロードショーにおける今夜は眠れない映画ランキングの中で 低年齢向け作品を抜くと上位に入るのはアクション映画だった。

ダイハード、リーサルウェポン、ラッシュアワー沈黙シリーズコマンドーランボー、、、

これらのCGが発達する前のアクション洋画を紹介し始めると枚挙に遑がない。

今ではすっかりアクション洋画といえば、ありえねーアクションをCGで表現するという

そうじゃねえんだよ!感満載の作品ばかりでうんざりする。

小難しいストーリーなんかは必要なくて

なんか刑事みたいな主人公がなんか悪そうな奴らを見つけてキザなセリフ吐きながら血を流して倫理観なんて忘れて敵を殺しまくる、最後は愛する人と抱き合うくらいがちょうどいいのだ。

かの有名なシルヴェスター・スタローン先輩は映画エクスペンダブルズのインタビューで

『俺にCGの事なんてわからない、出来るのは火薬の量を増やすだけだ』

言っていたのを聞いた時には少し泣けたくらいである。マジ澱みないっす!

というわけで今回はそんな作品達の中から

ビバリーヒルズコップ3

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を久しぶりに見た。あの頃と同じ吹き替え版でだ。金曜ロードショーでは吹き替え版だったので子供の頃の気持ちになれる

エディ・マーフィー主演の人気作品の3作目であり

のっけから銃撃戦で始まる。

最初の15分くらいは撃って、隠れて、撃って、隠れて、たまに喋るくらいのテンションである。

ヒャッホイ!最高だぜ!とはこのことか。

・ストーリーとかは置いといて考察

ビバリーヒルズコップ3を見終えて感じたことは。

すごい爽快だ!全く脳に疲れがない!

である。

昨今創作物は難解で重厚なストーリーや巧みな伏線まさかのどんでん返しにユーザーはエクスタシィを感じる事が多い。

最後の10分に、何かが起こる!!

みたいな宣伝はもう見飽きてしまった。というか普通にネタバレするな。サプライズの意味知ってる?

しかしそういう難解さの果てにあるエクスタシィを感じるには脳みそが疲れるのである。

それに加えてビバリーヒルズコップには難しい事が一つもない。

なんなら最後にえ?この人も悪者だったの?というびっくり展開があるのだがべつにどうでもよかったと思える程にである。

わかりやすく説明すると

主人公がころされた上司の仇を取るために犯人の証拠を必死になって探す、何度も邪魔されるけど結局みんな撃ち殺す。大団円。

これがストーリーなのだ。なんてわかりやすいんだ。

意表を突かない一本木なストーリーは何も考えなくても見れる。これがアクション映画にはある意味必要なのかもしれない。少なくとも当時のアクション洋画はその要素があった。

そしてそれを演じる主人公は飽きさせない魅力たっぷりの俳優エディ・マーフィーなのだ。当時の俳優達はみんなキャラクターの濃さだけでご飯三杯はおかわりできる人ばかりだった。

そしてアクションも普通に殴ったり、蹴ったり、ジャンプしたり滑ったり。

ありえるアクションばかりが血沸き肉躍らせた。

だって自分でもできそうな事ばかりだからだ。

高層ビルの壁を走ったりするアクションを見ても『へーありえねー』くらいの感想しか出ないもの。

・まとめ

ビバリーヒルズコップ3を見て思ったアクション映画爽快さの理由は。

  • もはや次の展開さえ予想できる真っ直ぐなストーリー

  • ありえなくてすごい!よりもヒャッハー!いいぞ!と思えるアクション

  • それをエンドロールまで飽きさせずに引っ張る個性豊かな演者

この3つである。

この3つがあればさながらウォータースライダーの如く。

最後まで飽きずに爽快になれる。と、僕は思った

せっかくなのでこの理論をもとに他の古いアクション映画も見ていく。

またあたらしい発見があるような気がする。

ちなみにあれだけCGはあかんと言っておきながらビバリーヒルズコップ3には合成シーンがある。

なんか申し訳ない。エディ・マーフィーのスマイルで許してほしい。アデュー!

タキシード仮面様になりたい貴方へ

こんにちは瀬尾です。

みなさんはタキシード仮面様と呼ばれる伝説の男をご存知ですか?

言わずと知れた格闘少女漫画セーラームーンに登場するイケメン仮面である。

セーラー戦士達が(主にうさぎが)ピンチに陥ると薔薇を投げて彼女達を鼓舞する新手の花咲か爺さんなのだ。

特に敵と戦うわけでもなく

どこからともなく現れてイケボイス(cv.古谷徹)で美少女戦士どころか画面の前の純情ガール達も虜にしたイケメン仮面なのだ。

月野うさぎとは前世で恋仲であり、やがてうさぎとも恋人同士となる。

ちなみに月野うさぎは中学生でタキシード仮面様は大学生で

小出恵介とか南青山の美容室さんも涙目の歳下彼女を獲得している。

そもそも中学生に手を出すのは犯罪です。愛に年の差は関係無いのよ!とはこの事か。

さて、そんなイケメンで美少女の中学生と付き合えているタキシード仮面様の様になりたいと血反吐を吐くほど思うのは男の性であり

なぜタキシード仮面様がモテるのか(ちなみに男にもモテるらしい)

皆んなにお教えしよう。

・月に変わってお仕置きよ!

タキシード仮面、本名地場衛

変な名前ですけどストーリーに関係してる名前です。

前世は地球が一つの王国だった時の王子様で

地球と精神を共有している為に敵が地球に攻めてくると弱体化してしまう役立たずである。 (前述した戦わないのはこの為)

役立たずとは周りの偏見であり

彼の薔薇投げ鼓舞セーラー戦士達の逆襲ターンを呼び寄せる魔法の言葉になる。

タキシード仮面様が現れたら勝ち確なのだ。

KO大学に通っている。ノックアウト大学という如何にも偏差値が低そうなわけではなく

実際にある慶應大学のもじりである。

家は超高層マンションであり、大学生のくせにアルファロメオに乗っている。

偏差値の高い大学

お金持ち

イケメン

こんな三拍子が揃ってモテないわけがないのである。

ただし私服は壊滅的にダサい

・タキシード仮面様になりたい貴方へ

今の貴方は難解大学に通っているか?

可能性はあるだろう

今の貴方は何お金持ちか?

努力次第だろう

今の貴方はイケメンか?

人それぞれだろう

前世は王子か?

ここが一番の無理難題だ

つまるとこと中学生の美少女彼女が欲しければ

前世で王子である事が必要なのだ(極論)

だからこのブログを読んでいるタキシード仮面様になれない男諸君は未成年に手を出してはいけないのだ

最近は未成年に手を出しては問題になる事件が多過ぎる

趣味と妄想はDMMにぶつけなさい

ちなみに原作ではタキシード仮面様と月野うさぎ一線を超えている描写がある

そう、僕はそんな事が言いたかったんだ。

眠たいからそんなに興味ない話をわけのわからない事例を出してブログにしているこの状況。

これこそが僕のブログの醍醐味かもしれない笑

『ザ・ライト』君が見たかったのは緑のゲロか

こんにちは瀬尾です

ブログ更新が途絶えている間に25歳になりました。

まさに25歳になったタイミングでかねてより視聴欲が七つの大罪レベルに高騰していた

『ザ・ライト』ようやく見ました。

もちろんAmazonVideoでね

『ザ・ライト』の感想を述べるに当たって

僕とアンソニーホプキンスとの出会いについて語らなければならないのは必定である。

それは25年という瀬尾サーガの中で唯一恐怖と尊敬が同居している俳優がアンソニーホプキンスその人であるからだ。

まだ下の毛も生え揃わぬ頃

瀬尾という少年は映画の虜になっていた。

スクリーンの向こう側へと意識を飛ばして

約2時間という短くも長い空想旅行にふけっていた時期である。

そのころはまだまだ子供であったので

見る映画で恐怖を感じるといえば

せいぜい暴力か幽霊の類であった。

しかしレッドドラゴンは瀬尾に新たな恐怖を植え付けることになった。

その映画はハンニバルレクター博士サイコサスペンスホラー(どんなカテゴリやねん)

羊たちの沈黙を皮切りに始まったシリーズの前日譚にあたる作品だった。

猟奇的殺人の犯人をプロファイリングによって追い詰めて行く為に主人公はかつて捕まえた

猟奇的殺人犯ハンニバルレクターに教えを請いに行くという本筋。

トーリーにおいて一番の悪はハンニバルレクターであり。謎を解き明かすキーマンもハンニバルレクターである。

およそ少年瀬尾には難解な映画だったことだろうが

モラルもへったくれもない猟奇的殺人という

異質な行動は初めて『人間こわい』と瀬尾に思わせるにはうってつけの映画だった。

そんなサイコ野郎ハンニバルレクターを怪演したのがアンソニーホプキンス氏だったのだ。

レッドドラゴンを見終えた後に感じたのは

今までに無い恐怖と今までに無い感動だった。

是非視聴して欲しい。

鎖付きの体育館でレクター博士ガシャーンってなるシーンはビクつくこと間違いない。

さて話は戻りまして

そんなアンソニーホプキンス氏が出ている

『ザ・ライト』彼だけが理由で見たかったわけではない。

エクソシストを題材にした映画だったからでもあるのだ。

エクソシストと検索すればすぐわかるが

その職業よりも先にヒットするのは

映画エクソシストである。

瀬尾が子供の頃の最大の恐怖の対象であった映画で、恐怖と戦いながら初めて一人で見え終えた作品であり、瀬尾史に残る逸品。

グロテスクホラーの金字塔であるこの作品は

悪魔に憑依された少女をエクソシストが悪魔祓いで戦う話だが

正直エクソシスト云々よりも

悪魔に憑依された少女のグロテスク過ぎる表現の方がメインデッシュになっている。

頭が180度回ったり

血を吐き散らかしたり

この世のものとは思えない声を出したり

肉弾戦を持ちかけて来たり

緑色のゲロを吐いたり

まぁ海外ホラー作品って言ったら

A級B級問わず、ヤッベェ奴ぶっ殺してハッピーエンドになるが基本構造なので

エクソシストもそれに漏れない作品だったと言える。

※結果的に見習いだったカラス神父が自分に憑依させて二階から飛び降りて自分ごと葬るとかいうラストなので

しかし『ザ・ライト』はそんなグロテスク&ハッピーキラーチェーンソー****(意味無し)な話ではなく

エクソシストという本当に存在する職業の

実際の姿を描いている作品と言えた。

緑のゲロは誰も吐かないのである。

ようやく本編の感想行くよ!

1から10までストーリーを書き起こしながら感想を書いていたのでは

本気でこのブログを読んでいる奇特な方々に申し訳が立たないもとい見て欲しいとか言っといて見る気を削いでしまう恐れがある為

割愛しながら

死化粧を生業とする家に生まれ育ったマイケルは

家柄に従い大学は神学部へと進む。

将来への夢もなりたいものも無かったマイケルは自分の人生に疑問を感じていた。

しかしながら成績は優秀であり

立派な神父になれるであろうと太鼓判を先生達からも押される。

やはり神父は自分のやりたいことでは無かったので

マイケルは大学を辞めることを決意する。

彼には夢どころか神の信仰心さえも持っていなかったのだ。

そんな中、少女の交通事故に遭遇してしまう。

なんとか助けようと救急車を急いで呼ぶマイケルに少女はこう言う

『祈りの言葉をお願いします。神父さま。』

マイケルにはその少女の命を救う術はなかったが

少女の願いである祈りを捧げることは出来た。

なんの科学的根拠もない救いをマイケルは全うしてしまったのである。

全うしてしまったと表現したのは

きっとマイケルは望んでいなかったと思ったから。

神様なんていないとマイケルは思っていたし

この少女を救うには今すぐ医者が必要だとマイケルもわかっていたからである。

しかしマイケルは少女の願いを叶えてしまった。

これによってマイケルはさらに信仰心を失ったのだと僕は感じた。

ことの一部始終を見ていた先生はマイケルに神父にならないなら奨学金は返してもらう

迷いがあるならばバチカンに行かないか?と尋ねる。

そう。エクソシスト養成講義を受けさせる為にである。

エクソシストの講義の様子は大学の大箱授業のような感じで

本当にありそう(もしくは本当にあるのだと思う)

神の存在への猜疑心とそれでも神にすがる人々に揉まれながら

マイケルはベテランのエクソシストの元へと向かう。

そのエクソシストこそがアンソニーホプキンス演じるルーカス神父である。

ルーカス神父との邂逅で彼がマイケルに

『緑のゲロを吐くとでもおもったかね?』

と問いかけた。

あるいはその方がマイケルは悪魔の存在詰まる所の神の存在を確かに出来たかもしれない

しかし首が回るのも天井に張り付くのも

全ては空想物語のなのだ。

なんて言いながら超常現象は結構表現されてるので『これはなくてもよかったんじゃねぇの?』って感じましたが

わかりやすさと言う意味で折り合いをつけました。

ルーカス神父の悪魔祓いをみてもやはりマイケルはエクソシストよりも精神科医が必要であると考えます。

なんやかんや

マイケルも悪魔にかどわかされたり

ルーカス神父が悪魔に取り憑かれたりして

マイケルがルーカス神父の悪魔祓いをすることになるんですが

結局は科学では証明できない超常現象のまえに

マイケル『悪魔を信じる、ゆえに神を信じる』

となるのです。(恐るべき割愛加減)

見事ルーカス神父に取り付いた悪魔を追い払い

ルーカス神父の元を去ってエンドロール

実際の神父の話です。二人は今でも悪魔祓いを続けています、、、、と言う終わり方。

副題がエクソシストの真実と銘打たれていたくらいですから

ドキュメンタリー的な展開を予想していたのですが

結局は映画エクソシストと根本は何も変わっていませんでした。

マイケルが信仰を取り戻す理由も恐怖からですし(正確には存在していたと気付いた恐怖にに立ち向かう為)

例えば悪魔祓いの最中に電話がかかってきて

『今は出れないんだ!あとにしてくれ!』

ってそれがエクソシストの真実なのかよ!

最初イメージしていた映画像から少し離れてしまった作品でした。

大衆向けならもっと緑のゲロい(ホラーにおけるアクションの意)多いべきですし

真実のエクソシストを追い求めるドキュメンタリー的な玄人向けなら他に描くシーンがあったはずだと思います。

どっちつかずな感じで終わってしまった映画ですが

終わってから思ったのは

僕が見たかったのは緑のゲロかもしれない

でした。

とはいえアンソニーホプキンス氏の演技が好きな方は是非視聴してください

悪魔に取り憑かれた時の演技は必見です。

チェーン店消費し過ぎる世の中

こんにちは瀬尾です。

街に出て右を見ても左を見ても見知った名前のレストラン。

都会はいつしかチェーン店の陣取り合戦と化している。

家族で食事といえばチェーン店。という家庭も珍しく無いだろう。

しかしそれで本当にいいのだろうか?

チェーン店消費という選択は財布に優しくても外食文化を萎縮させていくだけではないのだろうか?

・チェーン店の魅力

なんといっても

安定した価格帯

安定した味

この二つだろう。というかこの二つが無ければチェーン展開出来るはずもないのだが。

この二つが可能なのは大規模展開による

システム構造化によるものだろう。

中学生の頃初めて子供だけで食事をしたのもチェーン店だ。思い出は多い。

しかし惰性的にチェーン店利用をしている人が多いのも事実。

『まぁあそこのファミレスでいいか』

のその一言待った!

・チェーン店を利用する事しない事

生活するための基盤となる

衣・食・住

映画リベリオンでは人間から感情を消す事で争いも問題もない楽園となった世界が舞台だが

同じ形の家に住み

同じものを食べて

同じ服を着る

どうだろう?リベリオンの世界の人間の生活構造だ。すこし付け足してみよう。

同じ形の家に住み(マンション)

同じものを食べて(チェーン店)

同じ服を着る(ファストファッション

かなり極端なこじつけだが現代の生活構造によく似ている

映画リベリオンが目指した結果と現代社会の生活構造は全く違うものだが

何も考えずに無機質な消費を続けていると

リベリオンのような世界になる日もそう遠くはないように思える。

だが全てに立ち塞がる問題はお金だ。

なにも無理にお金のかかる贅沢な暮らしをしろというわけではないし

ファストファッションもチェーン店もマンションもそれぞれ個性があり無機質なものでは無い。

選択出来る人は選択すべきであるということが言いたいのだ。

チェーン店で一度の食事で2000円使うとしよう。

客単価6000円の小料理屋と客単価2000円のチェーン店

ではチェーン店に三回来店した時と小料理屋に一回来店した場合

どちらの方がより多くの経験値を得ることが出来るだろうか?

答えは火を見るより明らかだ。

・個人経営の魅力

個人経営の店は経営者の個性が丸出しである。

例えば同じ和食でも店によって店内の雰囲気も違えばメニューも違うし味も違う。その店でしか出会えない料理もある。

人と人との出会いもある。店主、店の従業員、同じカウンターに並んだお客さん。

初めて会った他人と和気藹々と談笑出来るというのはここでしか得られない経験だ。

そんな個性や出会いに消費するというのはただ消費して腹を満たす以上に得られるものは大きい。

真っ白な画用紙をみるよりも

個性あふれる絵画を見た方が心踊るものだ。

・瀬尾が伝えたいこと

今回この記事を書くことになったのは

なにもチェーン店が憎かったり嫌いだからでは無い。

もちろん瀬尾もチェーン店を利用するし

それぞれのチェーン店の魅力もよく知っているつもりだ

僕が伝えたかった事は

何にも考えずにチェーン店で馬鹿騒ぎしている若者は大人になった時

何も考えずにチェーン店を選択するのでは無いか?ということだ。

たかだか25年しか生きていない僕が偉そうに言えたことでは無いが

人間の深みはその人間が積み重ねた経験と比例するものだと思う。

個人経営のお店で出会える素敵を逃し続けて欲しくないということだ。

・おわりに

しつこく言うようだがチェーン店消費は決して悪では無い。

だがチェーン店が必要以上に増え必要以上に利用している外食文化を少しだけ見直して

時には特別なお店でご飯を食べたりお酒を飲んだりしてみんなに素敵になってもらいたいのだ。

個人経営の飲食店はそれくらい素敵なのだ。

僕の働く蕎麦と肴周知にも是非来てください

結局店の広報活動かよって言わないこと

ラウ・ル・クルーゼの怒り新党

こんにちは瀬尾です。

懐かしく機動戦士ガンダムSEED

を視聴していたところ

ラウ・ル・クルーゼ

が名言量産してるんで愚形たる人間の不気味で無様な部分をみんなで理解して

明るく笑顔で生きよう

的なノリで書いていこうと思います。

幸福なんちゃらみたい…

ラウ・ル・クルーゼ

物語のラスボスで世の中に捨てられたので世の中大嫌いみたいな人

詳しくは本編を見てね

ガンダムシリーズ定番の仮面キャラ

CV.関俊彦

ちなみに25歳で瀬尾と同い年に、なってしまったチクショウ

悪の悪を貫いた悪役で声優さんの名演も相まって人気は高い

詳しくは本編を見てね

ちなみにフランス生まれの鍋とは一切かんけいありませんのであしからず

・最終回間際は名言生産工場だー

『これが人の夢!人の望み!人の業!他者より強く、他者より先へ、他者より上へ!競い、妬み、憎んで、その身を喰らい合う!』

そうですね。

人間なんてそんなもんです。

そうやって人間社会は進化してきたので

間違いは無いと思います。

クルーゼさんが言いたかったのは

人間の持つ誰かの上位に立ちたい心が憎しみをかって闇を生み自分を滅ぼすよ的な事で

トーリーとかクルーゼさんの出生に関わる部分です。その後続く台詞も

『私は結果だよ…だから知る!自ら育てた闇に喰われて、人は滅ぶとな!』

と思い切り怒ってるので。

ここで僕たちが理解しなければならないのは

人間の本質は誰かより優れたいんだよ

って所ですね。

みんなみんな主義なんてものは現代社会の生んだ理想の夢です。

みんなで切磋琢磨して高みを目指そう!

せめて憎しむのはやめよう!そうですよね?クルーゼさん!?

『いくら叫ぼうが今更!これが定めさ!知りながらも突き進んだ道だろう!?正義と信じ、わからぬと逃げ、知らず、聞かず!その果ての終局だ!もやは止める術などない!そして滅ぶ…人は、滅ぶべくしてな!それが人だよキラ君』

前後のセリフは置いといて※本編を見てね

無知は罪と言いますが

一番罪なのは知っていてなお知らぬ存ぜりを決め込む姿勢です。

無知は罪なり、知は空虚なり、英知を持つもの英雄なり

ソクラテスも言っています。

知らないのもダメだ

知っているだけでもダメだ

知っていて行動を起こせる者が凄いのだ

って事です。

そしてそのセリフを受けたキラ君は

『違う!人は…そんなものじゃない!』

と否定しますが返された言葉が

『何が違う!何故違う!?この憎しみの目と心と、引き金を引く指しか持たぬ者達の世界で…何を信じ?何故信じる!?』

徹底的に攻めるセリフ

ここはあまり関係ないですね。

そんな憎しみのみの世界で無くて良かったと

胸を撫で下ろします。

それにしても聞き心地のいい言い回しです。

とてつもなくダークな事を言ってるのに

ゾクゾクしますね。

最終回ではこれくらい。

もっとクルーゼさん以外の名言とかもあるんですけど全部書いてたら

最終回の台本ですか?

ってなるくらい名言だらけなのでこれくらいで

あとは本編を見てください

クルーゼさんが絶望した機動戦士ガンダムSEEDの世界も少なからず現代社会に通ずる所があるので

あんまり憎しみに踊らされてると

核を使われたり

レーザー兵器を使われたりと

人類を滅ぼしにクルーゼさんが現れるかもしれないので

真っ当に生きましょうね!

懐かし映画『NANA』

『こんばんは、ブラストです』

大崎ナナのその台詞を聞いてから何年が経っただろう。

あの虹を並べて あの朝に帰りたい

あの夢を並べて 二人歩いた

glamorous days

そんな気持ちにさせる作品が矢沢あいの描く

NANA

別に帰りたい朝もあの夢を並べて歩く人もいないのだが

・廻る乱舞のDEEP SKY

実写映画化がことごとく破滅的な昨今の邦画界

少女達の等身大の恋愛でよかった。時代がよかった。

大崎ナナ:中島美嘉

小松ナナ:宮崎あおい

なんとハマり役の2人だろう。矢沢あいの描く妙なリアル恋愛加減が相まって実話かな?

と映画にのめり込んでしまう様は視聴の姿勢としては100点に近い。

周りを固める脇の配役も隙がない。

それほど抜群の配役だったのはキャスティングが変わった2作目が1作目に比べて

興行収入が38億円くらい下がった事からも伺えると思う。

DVDが980円くらいで売ってるので見かけたら購入する事をお勧めする。

loftで微妙な雑貨を980円で買うよりはよっぽど心のインテリアが充実する事だろう。

・繰り返す日々に、なんの意味があるの?

性格も見た目もまったく対照的な二人を繋ぐのは同じ名前『ナナ』

二人が交差していくストーリーは

あの日見た必殺技

マーブルスクリューの破壊力が如く

まさにキュアキュア二人はプリキュアである。

原作のストーリーはセックスとかマリファナとか交通事故とか

携帯小説三種の神器が含まれている。

リアルな恋愛は綺麗事だけでは片付かないのか?

マジで天使なんかじゃない

・明け渡した愛に、なんの価値もないの?

さっきから小見出しで使ってるのが

この映画の醍醐味の一つであるテーマソング

GLAMOROS SKYである。

まさにNANAという映画を象徴する曲で

世代の人はカラオケで入れてくる。

男でも女でも関係なしで入れてくる。

瀬尾はもちろん歌う。

作詞:矢沢あい

作曲:hyde

歌詞↓

開け放した窓に 廻る乱舞の DEEP SKY AH 仰いで… 「繰り返す日々に 何の意味があるの?」 AH 叫んで… 飛び出す GO 吐き潰した ROCKING SHOES 跳ね上げる PUDDLE フラッシュバック 君は CLEVER AH REMEMBER ※あの虹を渡って あの朝に帰りたい あの夢を並べて 二人歩いた GLAMOROUS DAYS※

「明け渡した愛に 何の価値もないの?」 AH 嘆いて… 吐き出す GO 飲み干して ROCK'N'ROLL 息上がる BATTLE フラッシュバック 君の FLAVOR AH REMEMBER あの星を集めて この胸に飾りたい あの夢を繋いで 二人踊った GLAMOROUS DAYS 眠れないよ!

SUNDAY MONDAY 稲妻 TUESDAY WEDNESDAY THURSDAY 雪花… FRIDAY SATURDAY 七色 EVERYDAY 闇雲 消える FULL MOON 応えて 僕の声に

あの雲を払って 君の未来照らしたい この夢を抱えて 一人歩くよ GLORIOUS DAYS (※くり返し) GLAMOROUS SKY…

歌詞の意味とかを自分なりに解説〜みたいなのは嫌いなので一言だけ言うと

稲妻 Tuesdayって火曜日に何があってんくらいである

YouTubeで検索するとhydeとかyasuとかが歌っているGLAMOROS SKYも聞けるので聞いてみるといいと思う。

ちなみに2作目のテーマソングはGLAYTAKUROが手掛けている。

・おわりに

原作もいいと思う

アニメもおもしろかった

でも時間がない人は実写版をオススメする。

面白かった!NANA2も見よ!

と言って2作目で幻滅するのはやめましょう。

ハマりすぎてNANAみたいな恋愛をしてもいけません。

2009年から休載されているのですが 信じて待ちましょう。矢沢あいさんを。

冒険王ビィトだって信じて待ち続けたんですから。

五月病でした。

こんにちは瀬尾です。

ゴールデンウィーク前はちゃんと更新してたblogですが

ゴールデンウィークは忙しくて書けなくて

ゴールデンウィーク終わってからも

書いてませんでした

完全に五月病です。

新社会人はようやく社会の荒波に揉まれ初めて一ヶ月と立たないうちに大型連休を経験し

休みが明ける頃にはもう仕事なんてやりたくない

五月病の症状を見せ始めます

僕もゴールデンウィークでブログを更新できないでいて

一週間経った頃には何も書けない

となっていました、、、、

ゴールデンウィーク明けから散々書こうとしたんですけど

全部けしてやりましたよ。ええ。

ボツになったブログ達〜タイトルだけ〜

・戦隊モノで見る個性の成長記録

・瀬尾的有事の際のアニソンベストテン

・昨今のRPGはどうして時代のうねりを作らないのか

・この世界がドラクエなら本気でスライム倒し続けてお金を稼ぐ

・安田一平〜漢の鏡〜

ドラえもん映画で学ぶ環境問題

タイトルだけで内容がわかりそうな最近のラノベみたいですね。

気が向いたらまた書こうと思います。

ゴールデンウィーク中に

『瀬尾くんのブログ面白いね!』

って言ってもらえたのが嬉しかったのに

それをバネにブログ更新を頑張らない所が

ゆとりが生んだ障害の何物でもありません。

五月病で仕事したくなくなった皆さんは

五月病完治に向けて頑張ってください。

瀬尾はそんなリハビリ的なブログでした。